Posted 1 month ago

カスタマイズということで言えば、世の中にはもう十分すぎるほどのカスタマイゼーションがある。iPhoneのカバーだって自分好みのものが選べるし、着信トーンも何万と種類がある。しかし、そうしたものとインスタグラムの写真の違いは、次のような点ではないだろうか。まず、もう人々が期待もしていなかったところで実現されていること。これだけデジタル写真があったのに、インスタグラムが出てくるまで、こんなことが可能だとは思わなかった。そして、プロの技をまねていること。可愛いマークなど、できあいのものを選ぶのではなく、自分でクリエーションをしているという追体験がキーだ。また、ただの自分の好みや自己表現ではなく、相手へのコミュニケーションに関わっていること。コミュニケーションという要素に関わっていることによって、カスタマイズの意味がぐっと深くなるのだ。

多分世の中には、ちょっとしたカスタマイゼーションで人々の満足度が意外にも高くなるという領域が、まだまだ残されているのだと思う。

Posted 1 month ago
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Posted 1 month ago
shiinaneko:

コイケヤのポテトチップのパッケージの変遷

shiinaneko:

コイケヤのポテトチップのパッケージの変遷

Posted 2 months ago
3/11 今日の日に思うこと
わたしに一ついいことが
あるたびに
誰かに悪いことが起こるなら
どうか互いをうち消して
なんにも起こりませんように。
わたしの10個の喜びが
誰かの大きな悲しみと
交換できるなら
9個の喜びを誰かにあげる。
そしたら誰かは小さながっかりで
すむかもしれない。
わたしも1個の喜びで充分です。
どうか誰かの悲しみや大切な場所が、
人がわたしたちのささいな喜びや
都合の犠牲になりませんように。
Posted 2 months ago
『カーネーション』には脚本家・渡辺あやの“思想”が色濃く投影されている。脚本家という職業で輝くには,人生の一時期は東京で〈流行(モード)〉を追わなければならないと一般には思われている。渡辺あやは神戸→ドイツ→島根と居を移しつつ,結婚・出産を経て,島根に根を張って脚本を書いている。確かに,民放の連ドラのような〈流行〉の作品は不向きだろう。しかし,人に希望を与えるような〈不易〉の作品(映画やNHKドラマ)は島根に住み続けるからこそ書ける部分もある。夏木マリへのバトンタッチを前にした,尾野“糸子”真千子の最後の葛藤(東京へ行くか岸和田に残るか)は,渡辺あやも一度は直面した問題だろう。
Posted 3 months ago
日本にいて違和感を感じるのは、楽しくしていることがイケナイことみたいで、苦労していないとケシカランみたいな空気。一般的なアメリカ人なんかは、楽しくなければ人生じゃないと思っている。そもそもなんでわざわざ苦しまなきゃいかんのですか。生きてるだけで大変なのに。
Posted 3 months ago

 プレゼンテーションとは、自分の考えを相手に認めてもらうための場だと、これま
で考えていました。しかし、その考えを覆されたのが、米国で活躍するグラフィック
デザイナーの八木保さんに話を伺ったときのことでした。
 
 インテリアデザイナーの植木莞爾さんとともに 八木さんがアップルストア1号店
のデザインに携わったときのこと。
 デザインが気に入らなければ、2分として会ってもらえないと噂されているジョブ
ズ氏が、2人が作り上げたインテリアの模型を目にしたとたん、夢中になって触って
いたそうです。

 やわらかい曲線を描いたキドニー(腎臓型)テーブルをはじめとする植木さんが手
がけたインテリアデザインや、八木さんが手がけた「ジーニアスバー」のロゴなど、
デザインクオリティーの高さをジョブズ氏が気に入ったのはもちろんです。しかし、
ジョブズ氏がこのモデルに夢中になったのには、もう1つ理由がありました。

 それは、テーブルやその上に展示するiMacのミニチュアなど、ほとんどのパーツ
を自由に動かせ、組み替えられるよう模型が作られていたことでした。さらに商品説
明用のPOPや店内を仕切るガラス板の模型はデザインや柄を何種類も用意。多くの
パーツを自由に組み合わせ、取り替えながらデザインを検討できるものになっていた
のです。

 「時代に応じて常に変化できる店舗を目指す」ことをジョブズ氏に求められた八木
さんの提案で作ったこのモデル。これは同時に「これをベースに一緒に議論を交わし
ながら、皆でデザインをブラッシュアップしていこう」という八木さんの意思の表れ
でもあったように思います。実際この模型は最終デザインが完成するまで何度も姿を
変え、デザイナーとクライアント両者がデザインを検討するうえで欠かせないツール
として機能しました。

 八木さんのお話を聞いて感じたのが、デザイナーとクライアントが目指すべきゴー
ルをきちんと共有するために、プレゼンテーションが存在するということでした。

 たとえば八木さんは、クライアントに色を提案するとき、単純にカラーチップを見
せることはしません。花や植物、土や石のような自然に存在するもの、市場で手に入
れたものを「箱」に詰めてイメージしている色を表現し、箱ごと提案するのだそうで
す。立体感、手触り、質感、においなど、五感すべてをクライアントに感じてもらい
イメージを膨らませてもらう。こうすることで、最終的に完成するデザインの細部や
仕上がりを全員が意識することになり、良いデザインが生めるのです。

 プレゼンテーションは、自分の案を伝えるだけのものではない。アイデアを発表す
るだけの場ではないのです。その先の、モノ作りやブランド作りに関わるすべての人
の意識を1つにして、仕事をうまく進めるためのツールとしても活用しなければなら
ないのだ、と知りました。

(メルマガ編集長 丸尾弘志)

Posted 5 months ago

「創造的な思想を生み出す最初には、情緒的知性が存在する」

 実はこれ、クリエーターだけのやり方ではなく、数学者のやり方でもあります。岡潔さんという日本が生んだ天才数学者がいるのですが、岡さんが言うには、数学者にしても物理学者にしても、創造的な思想を生み出す最初には、情緒的知性が存在すると。

 それは、全体を一気につかまえる直感。論理的思考は物事をバラバラにしていくが、情緒的知性はバラバラなものをつなげていくことができる。一見、逆のように思えますが、論理はカテゴライズして、それぞれを独立させていきますよね。フレームワークにしても、個々の枠組みを作るやり方。決して、一気に全体を捉えません。

 全体把握には、右脳が働いているのです。もちろん、論理思考が不要ということではなく、両者のバランスが不可欠、ということなのでしょう。岡さんが、心強い援軍になりました。勇気凛々。私にもできるかもしれないとエネルギーが沸いてきたのです。

Posted 5 months ago

実は、このような「何でもかんでもハッピーにポジティブに」というのは、ポジティブ心理学における「ポジティブ」とは少々解釈が異なる。ポジティブ心理学の「ポジティブ」とは、ネガティブ一辺倒に偏った個人や組織における「バランスの是正」を目指すべく、ポジティブを志向するところから生まれた「方向性」だからだ。

 悲観的な考え方が強すぎて、現実的に身動きが取れなくなってしまっているようであれば、楽観主義の考え方を学ぶことで、物事を正しく判断しながら行動できるようになる効果が見込める。ネガティブが過剰でも、またポジティブが過剰でも、現実を正しく認識することはできない。

 要は、自分の既存の枠にとらわれずに、柔軟に見方を変えてみることで、バランスのよい地点に到達することが大切なのだ。ポジティブ心理学が、「バランス心理学」や「パースペクティブ(大局観)心理学」とも説明されるのはこのためだ。

(中略)

 そのエイカー氏の新刊に『幸福優位 7つの法則』がある。従来の「努力すれば、成功して、幸せになれる」という図式は、ポジティブ心理学の研究データから、「幸せだからこそ、努力して、成功できる」、即ち、幸せが前提条件であることが証明されているなど、今までの常識を問い直すようなものの見方・考え方を、複数の実例を織り交ぜながら紹介している。

 「7つの法則」で紹介されているのは、いずれもポジティブ心理学の研究によって効果があると実証されている思考法だが、エイカー氏はそれらを巧みにパッケージ化して読者に提供している。

 本著のタイトルにある「幸福」については人それぞれ定義が異なるだろうが、職場における幸福感とは、いかに自分の仕事を愛しているかのバロメーターである。人生のなかで積極的に幸福感を創造していくこと、それは人生におけるビジネス(真剣に取り組むべき課題)である。

Posted 6 months ago

従来の「顧客は何が欲しいのか」を知る方法として、顧客へと直接聞いてそれを反映させる方法には限界があることはすでに知れ渡っている。顧客へインタビューして得ることが出来るのは顧客が自分で言葉にできるほどはっきりと認識出来ている物に限られるからだ。

顧客へ直接聞くことだけではもはや対応しきれない。

しかしその次というと、ジョブズのように体感的になのか試行錯誤なのかその両方だろうが「人になんか聞かないぜ! 俺は俺の信じる路を行く!」という方法論に落としこみにくいその人固有の知に飛んでしまうような印象だった(あくまで個人的な)。

行動観察が目指すのは徹底的に顧客を観察(本屋だったら本屋にくる人だし、銭湯だったらお風呂に入りに来る人)して、顧客自身意識していない潜在ニーズを把握することだ。利点はいくつもあるが大きな物はもうひとつあって、「直接訊くとかっこつけとか社会通念上許されないことを隠すバイアス」がなくなる。

考えてみれば道端で「あなたはトイレで手を洗いますか」と訊かれてたとえ洗っていなかったとしても「洗いますよもちろん」と答えるだろう。そこでウソを付くことに対して何のデメリットがないどころかウソをつかないとデメリットがあるのでだれだってそうする。いや、ぼくは洗ってますよ、当然。

本書では第二章以降銭湯にいったり本屋にいったり営業マンについていったり主婦についていったりイベント会場にいったりして人間を観察し現場を解決するソリューションを提示した例を挙げ続ける。それらがどのように改善されていったか、どのような方法で改善されていったかという点がだいぶ面白かった。

なによりどれも実際に現場で改善が行われ効果が出ているものが紹介されているので参考にしやすい。招来僕が営業マンをやることがあったら本書を引っ張り出してこようと思った。まあそれはいいとして、読んでいて考えたのは「観察」と「見る」ことの違いである。

コナン・ドイルによって書かれた物語の主人公シャーロック・ホームズは優れた観察眼をもっていて、人を一目みただけで様々な情報を得ることができる。彼は名言を色々残している(「私は以前から、細かなことこと何よりも重要なのだということばを格言にしています」)がその中のひとつにこんなものがある(本書でも引用されている)

君は観察(observe)していない。ただ見ている(see)だけだ。私が言いたいのは、観察するのと見るのとは全然違う、ということだ

「見る」とは言葉通りそのまま見ることだ。車が走っている。人が歩いている。雨が降っている。それをただ見て事実をそのまま認識すること、あるいは認識していないのかもしれないが、とにかくそのまま何も残らずに消えていく。あるいは美しい光景なら記憶にずっと残るのかもしれないが、まあそれはどうでもいい。

一方観察とは、見たものに対して疑問を立てることだ。人が歩いている、よく見ると裾に泥がついている、この付近では最近雨は降っていない、この人はどこか雨の降った場所から、ここにやってきたのだろうか? と。

シャーロック・ホームズが用いる人間観察方はこのようなものであり、探偵が使う分においては基本的にただの言いがかりにすぎないが(探偵というのはひどい職業だ)これを顧客へのよりよいソリューションを提供するために仮説とし、実行して実際に成果が上がればそれは素晴らしいことだろう。

本書では主にビジネスで役に立つ大規模で集中的でお金になる観察を行なっているが、これはもっと広い範囲に応用できる考え方だろうと思った。たとえばブログを書くのだって、観察から初めていいはずである。優れたブログが「なぜ優れているのか」を観察して仮設を立て反映させ結果を見ることだってできる。

Posted 6 months ago
Posted 6 months ago

気分一致効果 - マーケティングWiki

気分一致効果とマーケティングの関係には個人的に改めて興味を持ち始めています。

Posted 6 months ago
theotoxin:

this is me

theotoxin:

this is me

(Source: amanatsumikan)

Posted 6 months ago